ファッションからアートへ
1991年、静岡に生まれたitabamoeは、文化服装学院でファッションデザインを学び、アパレルデザイナーとしてキャリアをスタートさせた。
デザイン画の授業で覚えた、骨組みのようにシンプルでありながら女性の魅力を最大限に引き出す線。その線は後に、彼女の武器となる。
やがて彼女の関心は服そのものから、それを世に伝える広告やイラストへと移った。
雑誌や広告の誌面に目を奪われ、イラストレーターへ転身。
G-SHOCKやロクシタン、資生堂など、名だたるブランドのビジュアルを手がけ、クライアントワークの世界で地位を確立した。
しかし、広告で求められるのは「笑顔」や「明るい色」をまとった理想化された女性像だった。
そこにあるのは、企業のメッセージを届けるための女性であり、彼女自身が感じる「今を生きる女性のリアル」ではない。
その葛藤の中で2021年、itabamoeはアーティストとしての活動を開始する。クライアントワークと同じモチーフでも、込めるマインドは全く別物だった。
「いい女」を描くという宣言
itabamoeの代名詞は「いい女描きます」というキャッチコピーだ。
「女の子」でもなく、「女性」という堅さでもない。
その中間に漂うニュアンス──媚びず、存在感を放ち、どこにいても引力を持つ人。それが彼女の言う「いい女」だ。
描かれる女性たちは、シンプルで力強い線によって、時に挑むように、時に受けとめるようにこちらを見返してくる。その視線には、外見以上の「芯」が宿っている。
彼女の線はファッションデザイン画の延長線上にある。全部を描き切らない抜け感、少ない線で情報を伝える精度。
それはミニマルでありながら、見る者の想像力を刺激し、余白の中に物語を生み出す。
色彩は長く封印してきたが、近年はあえて取り入れ始めた。蛍光色と落ち着いたトーンを組み合わせることで、現代的な華やかさと時代の空気感を共存させる。
現代女性のドキュメントとしての作品
itabamoeが描くのは、単なる美人画ではない。
歴史を遡れば、女性は家庭に縛られ、自己主張も許されない時代があった。
だが今は、多様性が叫ばれ、女性が意思を持ち、自由に生きられる社会へと移行している。
その変化は一世代の感覚では当たり前かもしれないが、長い歴史の中で見れば明らかな転換期だ。
彼女はこの「時代の特徴」を、未来への記録としてキャンバスに残そうとしている。
そこには、主体的でヘルシーなセクシーさや、自らをプロデュースする力を持った現代女性の姿がある。
この姿勢は、80〜90年代に女性像を鮮烈に描き出した岡崎京子の系譜を思わせる。
当時の資本主義社会の裏側と若者の「愛」や「性」を描いた岡崎の作品が時代の空気を纏っていたように、itabamoeもまた、2020年代の女性像を空気ごと描く。
しかも彼女の作品は過去の延長線ではなく、SNSやグローバル化の中で変容する「今」を直接反映している。
個展「Emotional Gravity」に込めた重力
8月22日から始まる個展「Emotional Gravity」では、彼女のキャリアと感覚が凝縮された作品群が並ぶ。
タイトルにある“重力”とは、目には見えないが確かに存在し、周囲を惹きつける力のことだ。それは外見的な美しさではなく、その人が持つ本質的な魅力であり、彼女が「いい女」と呼ぶ存在の根源でもある。
今回の展示では、いつものポップな作風に加え、落ち着いたトーンと蛍光色のコントラストで意味深な空気感を表現。
冬から春への季節の移ろいの中で、少しローなテンションを味方にした作品もあり、彼女の新たな一面が見られる。
この展示は、itabamoeが自らの表現の核を改めて問う場であり、同時にコレクターにとっては「時代の証言」となる作品を手に入れる機会でもある。
コレクターが注目すべき資産価値
itabamoeは、2年前の「Independent Tokyo」で180名以上の中からタグボート代表・徳光健治賞に選ばれた。
過去の受賞者はほぼ全員が市場で評価を高め、売れっ子作家となっている。
この背景には、年間数千人の作品を見て将来性の高い作家を見極める厳しい目と、その後のギャラリーによる積極的なプロモーションがある。
加えて、彼女の作品は単なる流行追随ではない。80〜90年代カルチャーの系譜を踏まえつつ、現代的な感覚と技法でアップデートしているため、時代の変化に左右されにくい。
過去の名作が後年に再評価されるように、彼女の作品もまた将来的な価値上昇の可能性を秘めている。
現代女性の姿を描くアーティストは数多くいても、ファッションと広告の経験をベースにし、ミニマルな線と時代性を両立させる表現は稀有である。
これは、今買わなければ手が届かなくなるタイプの作家だ。
未来への投資としての「いい女」
アートは感性で選ぶものであると同時に、時代を切り取った証拠品でもある。itabamoeの「いい女」たちは、この時代に生きる女性たちのマインドを確かに記録している。
30年後、その作品を見た次の世代は、2020年代の価値観や空気感をそこから感じ取るだろう。岡崎京子の作品がそうであったように、時を経ても新しい意味を帯びるのだ。
コレクターにとって、それは単なる美しい絵画ではない。
「今」という時間を切り取った文化的な遺産であり、未来への投資対象である。
8月22日からの「Emotional Gravity」は、その第一章を手に入れる絶好の機会だ。彼女の描く「いい女」の重力に、一度引き寄せられたら、離れることはできないだろう。
8月22日(金)からギャラリーにて個展「Emotional Gravity」を開催いたします!
itabamoe「Emotional Gravity」
2025年8月22日(金) ~ 9月9日(火)
営業時間:11:00-19:00 休廊:日月祝
※初日の8月22日(金)は17:00オープンとなります。
入場無料・予約不要
会場:tagboat 〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町7-1 ザ・パークレックス人形町 1F
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